希望の党代表辞任の小池百合子都知事はエジプトで一度結婚していた!

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小池百合子希望の党辞任

希望の党代表小池百合子都知事が都政に専念するため、2017年11月14日に希望の党の代表を辞任した。

知事選、都議選で連勝し、政党を結成し、勢いに乗って国政へ進出するのかとも思われたが、国民の目はそう甘くはなかった。

自らの国政復帰を「リセット」し、「衆院選の惨敗の結果は自身のおごりにあった」と潔く身を引く決意を固めた。

そして、「めげることなく都民のために働く」と前向きに意欲を地域政党「都民ファーストの会」の会合で語ったが、いつもの元気で強気な小池百合子都知事の顔に比べると、元気がなく失意は隠しきれなかった。

そんな小池百合子都知事を支えるパートナー、旦那はいるのだろうか?
実はエジプトで・・・



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小池百合子都知事は結婚してるの?

小池百合子都知事は独身です。

小池百合子都知事の結婚歴

実はエジプト留学時代にエジプトに留学していた3歳年上の日本人の一般男性と駆け落ちのような形で一度結婚をしていたようです。

思わず、エジプト人と結婚したのかと思いましたが・・・

留学先での恋が結婚まで発展し、破局してしまう。

そんな甘くて切ないシチュエーションってありますよね。私の周りでこのパターンが2人、正確に言うと結婚には至らず破局。

1組だけ日本に戻ってきて晴れてハッピーエンドで結婚をしました(*^-^*)

結局は、一度結婚したものの約2年半で離婚に至ってしまったそうです。

小池百合子都知事は現在独身で、夫も子供もいません。

その後、小池百合子都知事の恋愛や結婚の話はなかなかメディアにあがってきませんね。

マークが厳しいのか???
でも、一度だけ結婚話が噂されたことがあります。

それのお相手はなんと・・・・

小池百合子都知事が噂された結婚相手

一度だけ、こっそりと結婚話が噂された相手はなななななんと!!!!!!

あの小泉元首相だそうです(◎_◎;)

驚き桃の木山椒の木とはこのことですね。

どうやら、小泉内閣の時、小泉元首相が現役時代に小池百合子都知事が首相官邸に手作り弁当を届けたり、首相のお姉さんからの信頼がとても厚かったとか・・・

さすが小池百合子都知事。

果たして真相は如何に?

小池百合子都知事のプロフィール

名前:小池百合子
生年月日:1952年7月15日
血液型:A型
出身地:兵庫県芦屋市
学歴:関西学院大学社会学部中退・カイロ大学文学部社会学科卒業
職業:政治家・東京都知事・地域政党「都民ファーストの会」特別顧問・希望の党代表(辞任)
前職:ニュースキャスター・アラビア語通訳

小池百合子都知事の歴史

小池百合子都知事は兵庫県芦屋市で生まれ育ち。

芦屋市立岩袁小学校、甲南女子中学校、甲南女子高等学校を卒業後、東京の大学に行く予定でしたが父に反対され関西大学社会学部に入学しましたが、「国際連合の公用語にアラビア語が加わる」という内容の新聞記事を読み、「これからは英語も大事だが、アラビア語だも必要だ」と思い関西学院大学を辞め、アラビア語通訳になる為エジプトへ留学してしまいます。

この時からすでに決断力、行動力が速かったのでしょうね。

そして、東京の大学に進学することを反対した父(小池勇二郎)は、エジプト留学については「それは面白い」と言って賛成してくれました。

母(小池恵美子)はとても心強い方で「何でも好きなことをしなさい。全力で応援するから」と心強く背中をプッシュしてくれました。

私もこんな母親になりたいです。

そんな小池百合子都知事の第一の理解者の母がカイロに行った時、すき焼きを食べその味が気に入らず、「私がカイロの人たちに本物の日本の味を広めたい」と夫の小池勇二郎さん一点張りで、石のように意思の固い母に負けた夫は一緒にカイロで日本料理屋を20年間切り盛りしたそうです。

この一度決めたことはなんとしても押し通し、やりきる性格は母になのかもしれませんね。

そえにしてもすごいな~~小池都知事のおかん・・・

その後、日本料理屋に区切りをつけ小池百合子都知事と生活を共にし、お父様は90歳、お母様は88歳で亡くなられたそうです。

小池百合子都知事はというと、エジプトのギーザにある国立総合大学のカイロ大学でアラビア語を学び卒業をし、アラビア語の通訳として活動していましたが、その後ニュースキャスターに転職します。

とその前に、どうやら小池百合子都知事がカイロ大学の3年生の頃エジプトに留学中の3歳年上の一般男性と結婚していたようです。

約2年半で破局してしまい、その後は現在に至るまで独身を貫き通しています。

ニュースキャスターに転職してからの活躍は目をはばかるものばかりです。

スタートは1979年~1985年まで日本テレビのトーク番組「武村健一の世相講談」のアシスタントキャスターを務め、3年後の1988年からは「ワールドビジネスサテライト」の初代MCを務め、1992年にキャスターを降板し、政界へ進出していきます。

日本新党から参議院議員選に出馬し比例区で当選。翌年は参議院銀を辞任し、衆議院議員選挙に出馬し当選。

その後、1994年の日本新党解凍後は新進党に所属し、自由党の結党に参加。

2000年の自由党分裂の際は、小沢一郎氏と決別し保守党に合流、2002年に保守党を離党し自由民主党に入る。

2003年に小泉内閣の環境大臣に就任。この頃に小泉元首相と結婚が噂されたようです。

2008年の自民党総選挙に出馬したが、3位に終わる。

1位は麻生太郎氏、2位は与謝野馨氏だった。

その後、2016年に都知事選に出馬し、圧勝で都知事の座を掴み取り、日本初の女性都知事が誕生した。

そして、東京都知事を全うしながら希望の党を立ち上げ、希望の党代表として名を連ね、国政進出で二足の草鞋を踏むことになる。

この二足の草鞋で、世論を大きく賑わせ、揺るがした。

結局は衆院選の惨敗に終わり、党の代表としての責任を負われ、自身で希望の党の代表を辞任し、東京都知事としての責任を全うする決意をした。

【追記】

2017年11月21日希望の党小池百合子前代表(東京都知事)小池百合子氏が希望の党特別顧問(国政のさまざまアドバイスし、都の関連の課題などを国会の場でも繰り広げる役割)として、希望の党代表玉木雄一郎代表から希望の党特別顧問の要請があり就任した。

まとめ

世の中の人はいつの間にか「小池百合子劇」に乗せられ、言葉巧みで説得力のある小池百合子の時代がこれから来るのかとも思われたが、世間はそう甘くはなかった。

小池百合子都知事の支持率=希望の党の支持率が失速した要因はいくつかあるとは思うが、そのうちの一つは明らかに「排除」という発言だったと思う。

連日連夜「排除」という言葉が独り歩きした。メディアの力はすごい。

ただ、この「排除」という言葉が悪いのではないという男がいる。

それは爆笑問題「太田みつる」、太田は「排除」という発言に対して、「言葉じゃねえんだよ。まだわかんねぇかって。

お前のどっちつかずの態度だろって」と切り捨てた。

同じように感じた国民は多いのでは?

小池百合子都知事の正念場はこれからだ。

人間一度どん底まで落ちた時に進化が問われる。

小池都知事が東京都知事として国民、都民の為に結果を残した時、その時は、きっと小池百合子を支持し続けるだろう。

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